きゅっ、と上履きが床を擦る音がする。人気の無い階段にそれはとてもよく響いた。傍らにはさっきの時間に使った理科の教科書
とノートがある。ちなみにさっき私がいた理科室は一階でここは四階だ。いい加減に息も切れてきた。文化部には辛い。
それでも何とか最後の踊り場まで辿り着いた。目の前の重いドアを体重をかけて押す。
情けないほどに息が切れた私を迎えてくれたのは、梅雨が明けたばかりの澄んだ夏の空だった。
***
屋上のドアの上には雨どいが付いていて、それが丁度影を作って太陽から私を遮ってくれる。冷たいコンクリートが、私の火照った
足をゆっくりと冷やしていく。寝転んだらきっともっと気持ちいいのだろうけど、生憎そうするには影のスペースが少し足りない。
私はさっきの理科の時間にこっそり作った紙飛行機をぼんやりと手で弄りながら、少し眩しすぎる空を見上げた。
そこへ、
「やっぱりここでしたか」
もう聞き慣れてしまった声と共に重たい屋上のドアがもう一度開いた。空気が動いて、生暖かいそれは私のむき出しになっている
両腕を撫でる。
肩越しに振り返るとその人は、いつもの笑顔を浮かべて私を見下ろしていた。
「がサボりなんて珍しいですね、もうチャイム鳴りましたよ」
「私だってそんな気分のときくらいあるよ」
そうですか、と骸は笑みを浮かべてそう言った。それっきりふつりと会話が途切れて、何となく気まずくなった私は手の中の紙飛行機
を飛ばす。たいして風も吹いていなかったのですぐに紙飛行機は墜落した。丁度、フェンスと私の中間くらいの距離に。
それはまるで隣にいるこの人のようだと思った。今日みたいに私に気まぐれにかまってくるのに、一定の距離を保って絶対にそれ以上
は近づいてこないのだから。
そのくせにいつも浮かべる笑みは寂しそうで何かを諦めているように思えるのだ。その寂しそうで何かを諦めている笑みの理由を私な
んかに言ってくれるはずが無いとは知っているけれど。
そして、そう知っているはずなのにいつかその理由を言ってくれるのではないかと思っている私はなんて愚かなのだろう。
何かに囚われているふりをしているこの人は本当はもうとっくに自分の戒めを解いていて、いつでもここから出て行くことが出来るのだ
ろうと思う。遠くない未来、きっと骸は私の居ない所にいってしまう。そんな予感がする。
いってほしくないと思うこの気持ちは、恋だろうか。
「飛ばない飛行機ですねぇ」
そう言って前触れもなく骸が立ち上がる。そして太陽の下へと歩き出した。骸の青みがかった黒髪が日光に反射して揺れる。
骸に夏は似合わないとふと思った。彼に似合うのは芽吹いて生かさせる夏よりも、全てを枯らせて凍らせてしまう冬だと思う。
そして骸は私が飛ばした紙飛行機を拾って、小さく振りかぶる。
ゆるやかに、風が吹いた。
骸が放った紙飛行機は、風に乗っていとも簡単に屋上のフェンスを飛び越えた。
D i d n o t f l y .
そして飛べない鳥は冷たい冬の風に恋をしました。枯らせても凍らせても、空を飛びたいと願ったのです。
「」
「何?」
「もしも、僕がいきなりここから消えたら、君はどうしますか」
骸は振り返らずに空を見上げたままそう聞いたので、どんな表情をしているかは分からなかった。振り返ってほしいと思った。
「ぼくといっしょに、きえてくれませんか」