ゆらゆらとゆれる意識。地に足が着いているような着いていないような、そんな感覚。
心地よすぎるまどろみの中、は視界の隅に何か見慣れた色を引っ掛けた気がした。
それをきっかけに、意識が上へと引っ張られる。

そこで、目が覚めた。





カラーレス・バランス







懐かしい夢を見た気がした。
と言ってもは自分が見た夢を覚えていられるほうではないので、起きてすぐの今ですらどんな夢だったか
いまいち覚えていなかったりする。別に夢占いがしたいわけでもないので覚えている必要も無いのだけれど。
ぼんやりする視界の中、壁時計を見ると針は夕方と夜の間を指し示していた。
現にカーテンの隙間から見える外はもう暗い。
視界に映るいつもの自分の部屋。その中に不自然な色彩。
見慣れた、でも最近は見る回数が減った幼馴染の特徴的な髪の色。


(寝てる間に来たのかな…)


今日は体育で長距離を走らされた上部活で先生が嫌に張り切っていたので、家に着いたら着替えるのが
精一杯でそのまま寝てしまったのだろう。記憶がかなり曖昧だから推測だが。
体育はあんまり好きじゃないし、あんなハイテンションな顧問ももう見たくないと思う。
コンクールが近いから気合が入っているのだろうけど。


目の前で自分に背中を向けている彼、隣の隣の家の文貴は小さい頃からの遊び友達だった。
と言っても高校生になった今では通っている学校すら違うし、そもそも野球部である文貴と吹奏楽部のでは
生活パターンは全く異なっている。
それでも文貴は時折思い出したように、ふらりとのもとへ現れるのだ。いつものへらりとした笑みを顔に浮かべて。

文貴はベッドに背を預けて何かを読んでいた。雑誌か何かだろうか。
からは彼の表情を窺うことは出来ない。

息を殺して彼の後姿を見つめる。変わらない色素の薄い髪。細い肩も背中も自分より大きくて。
この後姿が遠いと感じ始めたのはいつだっただろうか。
そして、その遠さが寂しいと思い始めたのも。

相変わらず、彼はに背中を向けたまま。

振り向かせる事は簡単だ。
この喉で一言彼の名前を呼べば、彼はきっといつものふわふわとした笑みを浮かべて振り返るだろうから。
そして彼の顔が早く見たいと思うのも事実だ。

振り向かせないのも簡単だ。
このまま黙っていれば本に夢中な彼のこと、少なくとも本が終わるまでは彼は私に見向きもしないだろうから。
そしてこの時間が長く続けばいいと思っているのも事実だ。


ふりむいて。ふりむかないで。


2つの対立した願望が私の中でせめぎ合いを始める。自分がどちらを願っているのか、にもよく分からなくなってきた。
さてどうしようか、と思った時。不意にくるりと振り向いた文貴と思いっきり目が合った。( …あ、 )

「あれ、起きてた?」
「え、あ、うん」
「なら声くらい掛けろよー」
「あー…ぼーっとしてた」

咄嗟に取り繕うと、文貴はやっぱりいつものふわふわとした笑みでまぁ、いいけど。と言った。
この笑顔を見るのも久しぶりだ。

「ってか、文貴いつから此処にいたの?」
「さぁ、30分くらい前じゃねぇ?」
「…そんなに?」
「だって気持ち良さそーに寝てたから起こすのも悪いと思って待ってたわけ、この優しい文貴君が」
「あーはいはい」
「ひどー!!そんなに冷たいとコレ貸さないけどー」

そう言いながら文貴がスポーツバックから取り出したのは、彼がいつか貸してくれるといっていたCDだった。

「田島がやっと返してくれたからわざわざのトコまで持ってきたのに」
「私が悪うございました」
「よろしい」


そんなおかしなやり取りの後。顔を見合わせて二人で笑う。
こうやって二人で笑っていられるなら、彼の笑顔を近くで見られるなら。
こんな微妙な距離でもいいかな、なんて。





( もう少しだけ、この寂しさの原因は考えないでおきたいから、 )